生きることにおける理論と実践

日常生活が下手すぎる人間が、いろんなコンテンツを摂取しながら、生きることについて考えては実践し、実践しては考えるブログ。迷いながらも少しずつ進めたらいいね。

2020/4/15 私の人付き合いについて[noteからの移行記事]

※こちらの記事は、noteからはてなブログに記事を統合する作業の一環で、2020年4月15日 08:02に執筆したnote記事を移行してきたものです。

 

昨夜、7年以上の付き合いの、大好きな、もはや身内だと思っている友達と3時間近く電話した。
その中で大事な発見があったので、プライバシーに関わらない範囲で書き留めておく。

どうも、私の友達の作り方は独特らしい。
世間では、3人グループとか4人グループとかを作って、その中で友達と仲良くするということが結構あるようだ。
しかし私はこの「グループ単位での人付き合い」みたいなのが本当に苦手である。高校生までは仕方なくやってたけど、大人になってからはグループ付き合いみたいなのはほとんどやってこなかったと思う。

これは私の特徴だと思うのだけど、誰かとちゃんと向き合おうと思ったら、どうしてもどこかのタイミングで一対一で深く話す必要が出てくる。そして、一対一の中で深まった関係性は、他の関係性と接続させることが結構難しいことが多い。
というのも、一人一人と真剣に向き合って関係性を構築した場合、Aさんと私の間にある文脈と、Bさんと私の間にある文脈はかなり異なってくるからだ。
私は、コミュニケーションが得意ではないなりに、一対一の関係性の中での機微みたいなものはなるべく感じ取って、距離感を推し量って立ち回ろうと努めているつもりだ。しかしそれは単線的な運動であるからまだできるのであって、例えば3人グループでAさんともBさんとも共有できる独自の文脈を構築しつつ、自分と2人それぞれとの関係性や場合によっては2人同士の関係性まで同時にマネージするというのは、かなりの神業のように感じてしまう。

でも、これは、友人一人一人とあまりに個別の関係性を作り、かなり強くて深い個別の文脈を生み出しているからそう思うのかもしれない。
いや、私としてはみんなそうだろうと思っていたのだけど、どうやらそうでもないみたい…?
私は相手の性質や思考に合わせて関係性の作り方自体をかなり変えるのだけど、そしてそれが一人一人との固有の文脈を生み出しているのだと思うけど、別にそんなに人に合わせて人付き合いのやり方は変えないよという人も多いのかもしれない。これはどちらがいいという話ではなくて、単なる違いである。

あと、どうも私には、「うわべだけで話す人のうわべを突破する」力があるらしい。
そう言われてみると、確かに、私が本当の意味で人と仲良くなる時は、いつもどこかのタイミングで「うわべを突破」している気がする。
私が非常に親しくなる相手というのは、大抵、本当は思っていること考えていることがかなりきちんとあるが、普段の社会生活ではそれをなかなか発さない人だ。
発さない理由は色々あろうが、まず、人間に対する基本的信頼感をどこかに置いてきてしまった人が多い。そこまで言わずとも、自分が本当に思っていることを言ってしまうと面倒くさいことになるからとか、変に本音でしゃべって理解されなくて傷つくぐらいならうわべだけで話そうみたいな人もいる。しかもそれは大抵経験則に基づいているので、この認知を変えるのは至難の業だ。というか無理。
だけどなぜか私は、こういう人たちのうわべ部分を突破して、もう少し自由にしゃべってもらえるようになることが多い。なんでだろうなと。一つには、自分自身が結構最初から深めのレベルの思考をさらけ出してしまうからなのかなあ。自己開示の返報性的な?
まあでもあとは、相手に対する理解を一つ一つ積み上げて逐一言語化して確認を取る、ということをしているからかもしれない。
具体的には、一回ごとの会話の中で、相手の考え方がわかるようなヒントになるフレーズを見つけて、それをブロックとして切り出して自分の中にストックしておく。会話を重ねるごとに、ブロックを増やして少しずつ積み上げていく。そのブロックを自分なりに構造化することで、相手の考え方の全容に少しずつ迫ることができる。あとはそれを時々言葉にして相手に伝えて、微修正する。
こういうことをしていると、相手も「この人は私の考え方をある程度理解したうえで付き合ってくれているのだ」と思えるので、少しは安心材料になって自分のことを話しやすくなるのかもしれない。

それから、基本的に人に会うことがコストになりやすい人とばかり仲良くしているので、会う頻度とかはかなりバグっている。この友人とも年によるが、半年に一回ぐらいしか会わなかった年もある(個人的には3ヶ月に一回ぐらいは会いたいけどw)。連絡頻度もかなり低いと思う。これはLINEを返すのに心理的ハードルを感じる友人が多いため。
でも、いつだったかこの友人が「連絡を取らなくても友達でいられるんだとレロさんとの付き合いを通して知った」みたいなことを言ってくれた。(正確には「友達は連絡を取らなくていいんだ」だった気がするけど、この言い方は語弊がありそうなので言い換えたw)
それで、そういう関係性もあっていいよなと改めて強く思った。別に毎日LINEするだけが友達じゃないはず。そんなに会わないけど、たまに会った時にものすごくたくさん、かなり重たくて深い話をする相手というのも、立派な「友達」だろう。断続的に見えるかもしれないけど、ちゃんと関係性は継続しているのだ。

他にも大事な関係性が多方面にいろいろあるけど、私がまず一番に大切にしたいのはこういう友人との関係性だなと改めて思った昨夜でした。